浜田太 エッセイ集

その2 森先案内人

私が生まれ育った奄美大島は今から150万年頃までアジア大陸と繋がっていたという。
だから島の森には、1千万年という気の遠くなるような太古から受け継いだ生命が脈々と生きていたりする。
なかでも、国の特別天然記念物であるアマミノクロウサギは、謎の生き物としてこの島の森に生き続けている。

私は、彼らのことを奄美の「森先案内人」と呼んでいる。
なぜかといえば、16年前このアマミノクロウサギを探し求めて奄美の深い原生林の奥地へ入った時、亜熱帯のむせかえるような濃密な空間を見せてくれたからだ。

私は、次第に森の魅力に深く魅せられていった。
まるで恐竜時代さながらの世界最大の木生シダであるヒカゲヘゴ、妖怪のように木々に着生するオオタニワタリ、 ひげ状の気根がやがて根となり巨木となるガジュマル等からなる個性溢れる森に、生きた化石のアマミノクロウサギをはじめ、 ケナガネズミやルリカケス、オ―ストンオオアカゲラ、アカヒゲ、アマミヤマシギ、オオトラツグミ、そして昆虫など、 多くの珍しい生き物が育まれ、それぞれ精いっぱい生きているのだ。

白い砂浜と美しいサンゴ礁に彩られたこの島は、実は85パーセントも森の木々に覆われているにもかかわらず、悪名高いハブの住処と恐れられていて人の出入りはあまりない。
だから、人間に荒らされることなく森の中はエネルギーに満ち溢れ究極の共存関係を結びアマミノクロウサギたちは生き続けてきたのである。

私の森通いは、次第に私の五感を研ぎ澄まし、物の見方を変えていく。
木々の精いっぱいのパフォーマンスは、自然が真のアーティストであり、森が創造空間に溢れていることを教えてくれた。
このような豊な森は、水という血液で育まれ、川の生き物に養分を与え海へ流れ出る。

そして、豊な海もこの水によって育まれているのである。
故郷の森と海の豊かさを、アマミノクロウサギは私に教えてくれた。

琉球新報社 落穂 2002.7.25掲載